オザキユタカ氏の個展を拝見して

故郷の知り合いの画家から紹介された千葉在住の画家のオザキユタカ氏。兜町のすぎもと画廊で個展が開催されたので、平日の午前中に時間ができたので出かけてみた。過去にもオザキ氏の個展が都内の各地で開かれると、出来る限り脚を運ぶようにさせていただいている。初めてお会いしたのは随分と前の事で記憶が無い。オザキ氏は30年前から現代美術の平面構成の作品を制作し続けられており、今回の個展も幾何学的な構成の作品が中心であった。今回の作品群はこれまで以上に作品に息吹が感じられ、明快な色調の作品が多い。当日会場でご本人にお話を伺う事ができ、作品の事、創作の取り組み、社会の出来事などさまざまなテーマでお話しさせていただいた。


以下個展資料より抜粋) 数年前に朝鮮半島の民芸「ポジャキ」と出会いました。それは、女性たちの刺しゅう工芸品で、韓国伝統のガラや色合いの仏教刺しゅうと言われ、チマチョゴリを仕立てた際の端切れで作られたものです。原色に近い色彩に圧倒されながらもその構成の妙、独自性、創造性、色彩の同時対比的な面白さがあります。<br /> いま、私は「隣国の詩」とか「隣国の夢」というテーマで幾何学的な小さな形(色面)の組み合わせ、つながりが一つの大きな整然とした正方形や長方形の面に統一される(総合される)また総合されたものの美しさがなぜ作られるのか、形体と色彩(色面)にこだわって制作しています。それぞれの小さな形を人に、大きな形を「community」社会や国に例えたりもしてみています。

大きな正方形のキャンバスの中に色鮮やかな矩形が数多く構成されている作品は、近年の作品の中でもとりわけ力強さの中に「抜け」を感じ、オザキ氏の創作の充実感が現れているように思われた。また、その作品群の中に1点だけ異色の作品があり目を引いた。それはオザキ氏の知人が亡くなられた後に描かれた作品で、小春日和にプラタナスの葉がひらひらと風もないなかに舞落ちていくとき、知人の「死」を想起された事を描いた作品。プラタナスの葉のような矩形が人物らしきシルエットのまわりを舞う作品で、「死」が背景にありながらも静かであたたかな画風でオザキ氏の知人に対する思いが存分に発揮された作品と思う。会話の中でオザキ氏は、芸術の始まりのベースとしてふたつの大切な事を念頭に置いていると語った。ひとつは、いま描いているのは物質であるという事。ふたつめは手仕事であるという事。そしてこれらは永久であると。私は単に絵を描くだけでなく作画しながら思考する行為は、油彩だけでなく写真やデザインでもなども同じであると思っている。絵画や写真は「オリジナル」という物質をつくりだし、それは人間の手仕事から生まれてくる。日々通り過ぎていくデザインをどこまで思考できるか、パソコンの発達により物質を扱わなくなり久しいが思考は続けれるはず。先輩のアドバイスを忘れずに仕事に遊びに励もうと思うこのごろ。

オザキユタカ展より「隣国3チマ・チョゴリの夢」

オザキユタカ展より「隣国3チマ・チョゴリの夢」

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